卒業生の声

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卒業生の声

田中 友香理

筑波大学人文社会系
助教

田中 友香理

私は明治学園で中高6年間学び、2006年3月に卒業しました。同年4月に筑波大学第一学群(現人文・文化学群)人文学類に進学し、2015年に同大学で博士(文学)を取得、同年4月から筑波大学に助教として勤めております。専門は日本近代史学で、主に明治期の知識人が権力といかに対峙したのかという問題を日々考究しています。
小さな頃から歴史学の研究者になることが夢でした。その実現過程の原点は明治学園にあります。高校の歴史や古典というと暗記科目のイメージが強いようですが、学園の先生方は受験勉強の枠を超えた知的刺激に富む授業を展開し、自分の頭で「なぜ?」と発問し、解決の道筋を立てるという思考の訓練を施してくださいました。先生方だけでなく友人たちも、普通の女子高生らしからぬ風変りな私を温かく受け入れてくれました。それに、豊かな緑に囲まれた静謐な校舎は読書に最適でした。学園で過ごした6年の間に、私の漠然とした夢はクリアな輪郭をもつ目標になっていきました。
在校生の皆さん、ぜひ自身の夢をかなえるよう努力してください。明治学園はあなたの飛躍をサポートしてくれるはずです。

【第54回卒業生】

井上 彰臣

産業医科大学 IR推進センター
准教授/副センター長

井上 彰臣

私は小中高の12年間を明治学園で過ごしました。卒業後は東京大学理科二類、同大学大学院医学系研究科に進学し、「働く人の心の健康」をテーマに労働者を対象とした疫学研究に従事しました。大学院修了後は、産業医科大学の助教、北里大学の講師として、同様のテーマで教育・研究活動を行って参りましたが、現在は産業医科大学に戻り、学内データの分析に基づく全学的な教育・学修支援業務にも携わっています。
小学校の頃は生活態度も悪く、決して模範的とは言えませんでしたが、先生方に温かく見守っていただいたこと、また、中学・高校では、総務部長・学級委員長として委員会活動の中でリーダーシップを執る機会に恵まれたことは、私にとって貴重な財産となっており、現在の自身の職業生活にも生かされています。
地元に勤めていることもあり、今でも明治学園の前を車で通ることがありますが、学園の森を見る度に、当時の充実した日々を思い出ます。同時に、私の原点は明治学園にあることを実感する瞬間でもあり、私を大きな成長に導いてくれた母校に感謝しています。

【第49回卒業生】

豊嶋 起久子

オペラ歌手

豊嶋 起久子

東京藝術大学を卒業後、明治安田生命クオリティーオブライフ文化財団より助成を受けベルリン国立音大へ渡欧、文化庁派遣芸術研修員としてミュンヘン州立音大とバイエルン州立歌劇場主催オペラアカデミーで研鑽を積み、ローム・ミュージックファンデーションの助成でウィーン国立音大にて歌曲と宗教曲を学んだ。20代で格式と伝統を誇るハンガリー国立歌劇場「ラ・ボエーム」プラハ国立歌劇場「蝶々夫人」で大成功、以来ポーランド、スロヴァキア、スロヴェニア国立歌劇場からも招待を受け、2020年2月にはセルビア国立ベオグラード国立歌劇場開場100年記念公演の蝶々夫人に大抜擢、中央ヨーロッパの文化に華を添えて来た。社会貢献では、地元や沖縄での教育プログラム、ウィーンではウィーンフィル団員と東日本大震災の募金活動、ウィーン市の高齢者施設訪問、また2019年から広島被爆体験伝承者を後継すべく育成研修に取り組んでいる。北九州市民文化奨励賞、文化特命大使、市民文化賞。ソロプチミスト日本財団より女性向上賞 欧州・ユーロ圏拠点の国際的実力派ソプラノ歌手

私は明治学園から一浪して東京藝術大学声楽科に進学しました。中学生の時は吹奏楽部でトランペットを吹き学生指揮者でもありました。藤棚が鮮やかな五月、朝礼で吹奏楽部が校歌を伴奏し、朝礼台に上がり全校生徒を指揮していました。豊かな青空と緑の森に包まれた広い運動場の砂を陽の光が照らし、朝の新鮮な空気にさり気なく響く歌声…それは天から降り注ぐ清々しい美しさ、そのものでした。

【第41回卒業生】

池尻 和佳子

RKB毎日放送
アナウンサー

池尻 和佳子

中高6年間を明治学園で過ごしました。入学して驚いたのは、充実した図書館の存在。圧倒するような数の本が美しく並び、天窓からの柔らかい光がとても心地良かったことを鮮明に覚えています。
中学時代は、コーラス部で活動し、夏休みも練習を重ね、皆の声で作られるハーモニーに浸っていました。高校時代は、放送部に所属し、本の朗読でコンテスト等大会に参加するようになりました。好きな本の好きな場面の朗読をして、評価してもらえたことが自信に繋がったように思います。いつもそこには、温かく時には厳しく指導してくださる恩師の存在がありました。
「愛は寛容であり、愛は情け深い。」(コリントの信徒への手紙13章4節)聖書の一節を講堂での集会で朗読する時間も、私にとって、貴重な経験となりました。お陰様で大勢の前で、舞台に立つことも緊張しないようになり、自分の声で伝える仕事に興味を持ちました。
将来の夢に向けて、自然と背中を押してくださっていた明治学園の環境に心から感謝しています。

【第43回卒業生】

下園 由泰

NYU Langone Health
整形外科医

下園 由泰

私は小学校5年から明治学園に転入し、そのまま高校卒業までの8年間お世話になりました。サッカー部、器楽部に所属し楽しい学園生活を送りました。2003年に卒業後は京都大学医学部に進学し、整形外科医となりました。整形外科の中でも特に足・足関節に興味を持ち、その疾患・機能の究明および治療法の開発に取り組みながら診療しています。2016年より米国ニューヨークに留学し、関節軟骨や靭帯損傷に関する臨床研究等に従事しています。
明治学園には、私は公立小学校から転校してきたので、学園の規律正しい生活、環境の素晴らしさに圧倒されたことを覚えています。こんなに大きな森に囲まれた学校はそうそうありません。明治学園には学生生活を送るに素晴らしい環境が整っています。その環境を十分に活かせるかは人次第ですが、それを最大限に活用できるよう指南してくださる個性あふれる先生方が学園には沢山いらっしゃいました。特に生徒一人一人に対してその個性を尊重して接してくださいました。優しく見守ってくださったり、時には厳しい御指導をいただいたり、社会人となった今、当時の先生方の私たちに対する熱意ある教育に本当に感謝の気持ちが溢れます。また明治学園には英語の授業を含めグローバルな視点が身につく環境があります。
現在私はニューヨークで日々奮闘しておりますが、この異文化の地で明治学園での経験が生かされていることは言うまでもありません。本当に感謝しています。

【第51回卒業生】

安永 英樹

小倉きふね病院
整形外科部長

安永 英樹

私は、小中学の9年間を明治学園で過ごしました。勉強はそこそこに、運動や趣味に重きを置いた楽しい学園生活を送りました。バスケットボール部、吹奏楽部、卓球部、社会部に所属を変え、その他テニス、スキーなど数多くのジャンルに興味を持ち体験してきました。友愛の校風と周りの友人達の影響で、小学校低学年の時期より医者になることが自然と自分の信念になっていました。小学校の担任の先生から課題として毎週短歌や俳句をつくり、みんなの前で発表させられていました。今でもなぜか忘れることのできないことですが、「医者になり、マザーテレサのいるインドに行き、病気を治す手伝いしたい」と書き文集にのせた気がします。平成8年久留米大学医学部を卒業、久留米大学整形外科教室に入局し整形外科医となりました。福岡県内の病院に勤務し修練を重ねていくうちに、膝とスポーツドクターを自分の専門分野と決め、先輩方の指導をいただきながら今日に至ります。インドにはまだ行っておりませんが、現在、国体福岡県代表選手団の帯同ドクター、福岡県ラグビーフットボール協会医務員、地元ラグビー部・サッカーチームなどのチームドクターとして、時には外へ飛び出し、選手達とグランドで共に戦ってはスポーツの良さを感じ、それを日々の診療の糧としています。
自らを高める環境が明治学園にはありました。私の基礎を築いてくれた母校に感謝しています。

【第37回卒業生】

大枝 敏

佐賀大学医学部附属病院
肝疾患センター 助教 検査部 副部長

大枝 敏

私は中高6年間を明治学園で過ごしました。卒業後は佐賀医科大学(現佐賀大学)医学部に進学しました。医師免許取得後は佐賀大学 医学部附属病院の肝臓糖尿病内分泌内科に入局し関連病院を経て現職に至ります。佐賀県は肝癌粗死亡率が全国で最も高い県で す。ワースト1脱却のための啓発活動や肝臓内科医としての診療(超音波検査や外来業務)が私の主な仕事内容です。社会人になっ て大病を患い、医師と患者の両方の立場を経験しました。その経験から「医師はプロフェッショナリズムを追求し常に学ぶ努力を しなければならない」と心の底から思うようになりました。中学・高校生時代に多くの仲間達と出会えたことは私の大切な財産で あり、一生の友達にも出会えました。また、中高6年間を素晴らしい教育方針のもとで学ぶことができたからこそ、医師として高い志と強い信念を持てる人間になれたと感じています。

【第47回卒業生】

尾崎 章彦

福島県南相馬市立総合病院
外科医師

尾崎 章彦

私は1997年から2003年にかけて中高6年間を明治学園で過ごしました。東京大学理科三類(医学部)に進学した後、現在は福島県沿岸部の南相馬市で外科医として勤務 する傍ら東日本大震災後の地域住民の健康問題に取り組んでいます。
学園の思い出といえば、自宅がある宗像市から一時間以上かけて通学する中、その時 間を無駄にするまいと日々必死に勉強したことです。「目の前のこと・やるべきことに一 生懸命に取り組むこと」、それは私が学園での生活で学んだことです。福島の被災地 で働く今もその思いは変わっていません。ここには震災により言葉では言い表せないよ うな悲しみを背負った方々が多くいます。そのような人々の力になりたいと思う原点に、 学園で友人や恩師とともに過ごした日々があることを常々感じています。

【第51回卒業生】

塩川 萌

大阪大学 微生物研究所
研究員

塩川 萌

私は小中高の12年間を明治学園で過ごしました。この12年間での私の誇りは、一度も塾に通っていないことです。毎日の授業と課題に取り組むことで志望校に合格できました。それは明治学園の学習環境が素晴らしかったことが、その結果につながったのだろうと今になって思います。緑の豊かな校内で友達と和気あいあいと過ごしながらも、テスト期間には勝手にライバル視していたことを懐かしく思います。
九州大学医学部生命科学科で基礎医学を学び、大学院に進学して免疫学の研究室でTリンパ球の恒常性について研究をしました。大阪大学でポスドクとして研究を続けてきましたが、今後はこれまでの研究を生かして製薬会社のがん領域で薬の適正使用や改良に携わる予定です。学生を終えてもこんなに勉強を続けるとは思っていませんでしたが、明治学園で習得した自分の学習スタイルでこれからも医学を学び、医療に貢献したいと思っています。

【第56回卒業生】

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