卒業生と語る。

明治学園では、子どもたちを、国際的視野を持つ社会の変革に寄与できる人に育て、世に送り出そうと取り組んでまいりました。そんな明治学園の卒業生の活躍の場は多岐に渡ります。 この「卒業生と語る。」 では、明治学園を卒業した後、様々なフィールドで活躍中の卒業生の声をお届けします。 記念すべき第1回では、先日、明治学園で行われた芥川賞作家の平野啓一郎氏の講演の様子などを一部ご紹介致します。

卒業生と語る。 vol.1

芥川賞作家 平野啓一郎氏

明治学園中学校 1991年 卒業
平野啓一郎|Keiichiro Hirano

1975年6月22日生まれ。
明治学園中学校を経て、1998年に「日蝕」で小説家デビュー。翌年同作品により第120回芥川賞を当時最年少の23歳で受賞。

明治学園中学高等学校 校長
柴山惠子|Keiko Shibayama

1968年、明治学園中学高等学校卒業。
1976年、コングレガシオン・ド・ノートルダム修道会入会。1984年、母校明治学園教諭。1996年、同校校長。2008年、同法人理事長。

明治学園中学高等学校 校長 柴山惠子

第1回 - 芥川賞作家 平野啓一郎氏 講演

5月27日、芥川賞作家で卒業生の平野啓一郎氏(中学校1991年卒業)が、後援会総会で特別講演をされた。演題は「私の十代〜北九州時代」。久しぶりに学園の森や校舎を見た感慨を述べられ、学園での日々を振り返り以下のように話された。

平野啓一郎氏 写真

平野啓一郎氏:
中学校時代は自我の芽生えを自覚し、様々な不満や反発を感じましたが、最も印象に残っているのは宗教の授業でした。聖書を一種の文学として捉えたことが自分の成長につながり、後の芥川賞受賞作『日蝕』のルーツになったと思います。

現代はグローバル化された不安定な時代で、自分に合った職業を一つだけ見つけるのは難しく、「自分にはこの職業しかない」と自分にプレッシャーをかけ過ぎることになりかねない。そんな時、いくつもの自分を持っていれば、一つの職業で失敗しても、他の自分が対応できる職業を見つけることができるはず。

講演後、柴山惠子中学高校校長と対談され、学園で学ぶ後輩達へ以下のようなアドバイスを残された。

平野啓一郎氏 写真

平野啓一郎氏:
外国に行ったら「郷に入りては郷に従え」で、「自分」というものを貫かない方がいい。いくつもの「自分」を持っていて、外国では彼ら向けの「自分」を出して対応するといい。そして何より英語の勉強に力を入れてほしい。ただ上手に話せても、中身が空っぽだとダメ。外国語はあくまでもツール。伝えるべき中身をしっかりと学んでほしい。

平野啓一郎氏と明治学園中学高等学校 校長 柴山惠子 写真

卒業生との対談一覧

  1. 第1回 芥川賞作家 平野啓一郎氏 講演
  2. 第2回 倉光教頭と緒方 慶彦さん(卒業生)の対談